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歴史

 現在の時計塔は昭和7年(1932年)6月、服部時計店(現セイコー)本社ビルとして竣工しました。ゆるい弧を描いた優雅な曲面で4丁目の交差点を見下ろすように建つこの建物は、ネオ・ルネッサンス様式をとり入れています。

建物の外装材は、大震災直後ということもあり、災害や地震を考慮してすべて天然石が使われ、時計塔の文字盤の下や建物の窓部分には、ブロンズのアラベスク(唐草)の繊細な透かし模様の装飾などがあしらわれ、店内の壁面にはイタリアから直輸入された大理石が使われました。

竣工当時の大時計は、塔の下にあるドイツ製の重量時計が振り子式時計を動かしていました。熟練技術者が毎日見回り、わずかな遅速もそのつど調整していたため1分とずれることはなかったといいます。

昭和初期のモボ・モガで賑わった銀座も昭和20年(1945年)1月、B29による空襲で、4丁目の交差点の周辺も焼け野原となりました。幸いにも建物に直接の被災はなかったものの、爆風により時計塔の文字盤のガラスが割れるなどの被害を受けました。同年10月には、マッカーサー元帥率いる連合軍の進駐が始まるのと時を同じくして、時計塔はP.X .(POST EXCHENGE)*として接収されました。
*P.X.とは、兵士相手の日用品、飲食物などの売店

 昭和22年4月に服部時計店の小売部門の業務を継承して株式会社和光が設立され、銀座5丁目の仮営業所で営業が始まり、P.X.としての接収が解除された昭和27年12月、現在の社屋での営業が正式にスタートしました

このスタートを記念して、ショーウインドウのデザインを当時の気鋭のデザイナーが競作し、話題を呼びました。さらに東京オリンピックを機に「銀座の顔」として世界的にも有名になりました。

 


 現在は精度の極めて高い最新のセイコークオーツ時計を用いており、毎正時にはウエストミンスター式チャイムとともに、時報を告げる鐘がなり響きます。 外観も竣工当時のものに復元され、さらに外部照明も取り付けられて、周囲のネオンと美しさを競うようになりました。

昭和63年(1988年)には、日本建築士連合会が「地域のシンボルとなっている昭和の名建築」という基準のもとに選定した各都道府県のランドマークに東京都のシンボルとして和光の時計塔が選ばれました。








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東京都中央区銀座4-5-11

*2008年1月13日より修復工事のため、一時閉館。

また、これに伴い、2008年1月19日、
銀座4丁目の並木通りに「和光並木館」オープン!
詳しくは和光オフィシャルサイトで


TEL 03-3562-2111(代表)

和光オフィシャルサイトはこちらから!





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